シェアダインでは2019年10月30日、がんと栄養の分野における第一人者である大妻女子大学教授の川口美喜子先生による講演会「がん治療・緩和ケアを受ける患者の食事・栄養支援・管理」を開催いたしました。

後回しにされがちな食事と栄養の問題

2人に1人が、がんになる時代。管理栄養士として大学病院の現場で9年間にわたり、がん患者の食をサポートされてきたご経験から、治療の過程でおろそかになりがちな「食べる」ことの重要性を川口先生は説いています。

「がん細胞は、患者の身体の脂肪や筋肉を使います。告知から6か月以内に、消化器系では8割、前立腺や肺では5割以上が体重減少するといったデータもあります。告知による心理的なものから、飲み込みづらいといった病態、治療による苦痛や痛みから食欲不振を招き、低栄養になりがちです」

大きな問題は、栄養状態が悪いと適切なタイミングで適切な治療が行えず、予後不良につながるリスクがあること。

「がんと告知されると仕事の不安や治療費の悩みで頭がいっぱいになり、食の食べることが後回しになりがちです。医療の現場でも治療に関しては十分な説明がされますが、きちんと食べないと低栄養になることを伝えていない場合が少なくありません」

「食べる楽しみ」を見つけるお手伝い

では、栄養管理士をはじめとする食の専門家は、実際にどのようなサポートができるのでしょうか。

「告知、入院、退院、外来、自宅療養といった時期によって少しずつ役割が異なります」

たとえば、積極的に治療を行っている段階では、治療を最後まで乗り切るために免疫力上げる食事が必要になるとのこと。体力が奪われ「もぐもぐごっくん」ができなくなる終末期には、食べる楽しみを見つけるのを助けるのが、食をサポートする役割だと川口先生は説明します。

そのためにどのような取り組みをされてきたのか、実際に提供されたお料理の写真をたくさんご紹介してくださいました。たとえば、内側が長芋でできているおはぎや、七夕にはスイカや牛乳かんで作ったお星様のゼリー。食べやすさだけでなく、季節感も感じられます。「お酒が好きな人には、アルコールを飛ばして、ゼリーにしたりすることもあります」とのこと。

「食べたいものを思い続け、食べることを楽しんでもらうことで、遺された家族や大切な人に食を通じた物語を残すことができる。それもとても大切です」

放射線治療、化学療法、免疫療法など治療方法によって、味覚がなくなる、匂いがなくなるといった口内の変化も。手術の部位や術式によっても、さまざまな影響が出ます。食のサポートにあたっては、その結果としてどういうことが起きるのか勉強していくことが必要となるそうです。

相手の思いをちゃんと聞いてあげること

がん患者の食事面を支える担い手の重要性から病態や治療方法といった専門的な内容まで、お話をお伺いした後は参加者からの質疑応答の時間となりました。

参加者の方からは「がんになる手前の段階では、どのようなことが重要でしょうか」「魚は問題ないでしょうか」といった質問が次々と出され、川口先生から身体の働きや栄養に関する説明とともに、具体的なアドバイスをいただきました。

また、「食事が取りづらい人には、医薬品の栄養剤を利用するのもひとつの手です」と説明される川口先生は、牛乳やスポーツドリンクも上手に活用されているとのこと。栄養剤のフレンチトーストといったメニュー、あるいは栄養剤を紅茶でアレンジしたり、すりおろした生姜を栄養剤に入れたりするといった工夫もあるそうです。

がん患者といっても、置かれている状況はさまざま。決められた食事の基準がありません。「まず本人の状況を理解して、状況に合わせてあげること。そしてその人の思いをちゃんと聞いてあげることが大事です」

食事面からサポートすることで、栄養状態を改善し、維持すること。そして、最後まで治療を継続できるようにサポートしてあげること。食の専門家が活躍する場面は医療の現場にも広がっています。

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川口美喜子・大妻女子大学教授のご紹介

略歴
昭和56年 大妻女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻卒業 管理栄養士取得
平成5年 島根医科大学研究生(第一内科)終了  博士(医学)学位取得
平成8年~平成16年島根大学医学部附属病院第一内科文部教官
平成16年4月 島根大学医学部附属病院 栄養管理室 室長に就任
平成19年4月 特殊診療施設 臨床栄養部 副部長に配置転換
平成24年4月 栄養治療室 室長に配置転換
平成25年3月 島根大学医学部附属病院 退職
平成25年4月 大妻女子大学(東京都)家政学部食物学科 教授
       島根大学医学部 臨床教授 
       島根大学医学部 特別協力研究員
平成26年4月 お茶の水女子講師(非常勤)
平成26年4月 東京農工大学農学部講師 (非常勤)
平成31年4月 東京歯科大学講師 (非常勤)

資格
管理栄養士、公認スポーツ栄養士、日本病態栄養専門師、がん病態栄養専門師
日本病態栄養学会NSTコーディネーター、日本糖尿病療養指導士
TNT-D認定管理栄養士、日本ライフセーバー認定資格

専門
がん栄養、食育、スポーツ栄養、高齢栄養

著書
1.『がん専任栄養士が患者さんの声を聞いてつくった73の食事レシピ』(医学書院)
2.『いっしょに食べよう フレイルを予防し、老後を元気に暮らすためのらくらくメニュー』(木星社)
3.『老後と介護を劇的に変える食事術: 食べてしゃべって、肺炎、虚弱、認知症を防ぐ』 (晶文社)